葵祭を追いかけて・2
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葵祭を追いかけて・2につづく・・・
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左京区高野の左京郵便局のちょっと北に赤の宮神社はある。正しくは賀茂波爾神社。御祭神は、波爾安日子神(はにやすひこのかみ)、波爾安日女神(はにやすひめのかみ)。
古く高野川は、現在よりかなり東の山麓を流れていたと云われ、埴川と呼ばれていたらしい。この埴川のほとりにまつられていたから埴社(ハニノヤシロあるいは波尓社)と呼ばれていた。また御祭神が波爾安日子神、波爾安日女神をまつるところから波爾社とも。
御祭神の波爾安日子神、波爾安日女神は天照坐皇大神の御弟神で、大地を守護される大神で万物の生成発展、殖産興業をはじめ方除、火災、災難、疫病、厄除け等多方面に御神徳を備えていられる。
赤の宮と呼ばれているのは、江戸時代に”赤の宮稲荷大明神”と呼ばれ、稲荷神、宇迦之御魂神とが併せ祀られていた。一般に稲荷の神を祀る社は、社殿を朱に染めるところから、当神社も古くは朱塗りであり、誰云うなく赤の宮の名が起こったのだとか。
現在は、下鴨神社の境外摂社である。そして今日は5月12日。この神社の例祭の日であり、葵祭の御蔭祭の日でもある。御蔭祭は賀茂御祖皇大御神の若返りを願うため、御蔭山において新しくお生まれになった荒御魂をお迎えし、本宮の和御魂(にぎみたま)と御一体におなり頂く祭儀。葵祭に先だって大御神様の御神威の蘇りを祈る前儀である。
その荒御霊が御蔭神社から下鴨神社に向かわれる途中、ここに立ち寄られ、路次祭が執り行われる。
御蔭神社を出発した一行は、午後1時ごろ、赤の宮神社に到着。
(少し先までは車に乗っての移動ですけど・・・)
![]() | 御神霊をお乗せしたトラックはそのまま境内へ。 露店の屋根や木の枝をよけながら進んでいくのでありました。 |
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拝殿で神事がしめやかに執り行われました。 拝殿の中は暗く、正面最前列に陣取ったにもかかわらず、こっちからは何をされているのかわからない。時折、祝詞が聞こえてくる程度でした。 |
神事に続いて、舞楽「還城楽(けんじょうらく)」の奉納。
これは、蛇を好んで食べる中国の西域の人が、蛇を見つけ捕らえて悦ぶ様子を舞にしたといわれるもの。舞の途中で舞台中央にとぐろを巻いた木製の蛇の模型が運び込まれます。舞人がこれを見つけて大喜びします。
舞楽の奉納が終わると、御神霊はトラックで、お偉いさんはベンツなど高級乗用車で、その他大勢はマイクロバスに分乗して、ふたたび下鴨神社に向かって出発していったのでありました。
下鴨神社に到着したあとは、糺の森で切芝神事が行われ、優美な東遊が奉奏され、本殿へ向かわれるのですが、私は仕事のため、赤の宮神社で失礼いたしました。
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普段は公開していない安楽寺さんが、この時期、土日は公開されておられるので、午前中の仕事をさっさとかたづけて、いつものように自転車をとばす。木曜日にちょっと手入れしたので調子がよい。昨日まで降った雨のせいか、緑がきれいであった。拝観料を納め、パンフレットを頂いて、さぁ、ツツジはどうかな? |
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山門をくぐってすぐ左に本堂。このあたりは咲いてない。本堂に上がらせてもらうと、安楽寺の由来や仏像のご説明をしていただくことができた。本尊阿弥陀如来の脇侍である観音・勢至両菩薩は坐像ではないが、三千院阿弥陀堂の菩薩さまのように上体を少し前に出して、いまにも動き出されるようなお姿。三尊の横には、法然上人の弟子の住蓮坊、安楽坊、後鳥羽上皇ご寵愛の女官の松虫、鈴虫の像が安置されている。(住蓮坊、安楽坊、松虫、鈴虫について詳しくはこちら) |
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ご説明のあと、書院の庭ではキリシマツツジが満開であるということで、書院へ。これは本堂から中庭越しに書院をのぞむ。障子のあいだからチラッとみえるのがツツジ。 |
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書院へ向かう廊下をまがったところにある手水鉢。 |
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書院の庭。 |
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本堂から出て前庭を通り、左に曲がると石段がある。これを登ったところに、松虫と鈴虫のお墓がある。境内には、住蓮坊と安楽坊のお墓も並んで建っていた。 |
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入ってきた時には気がつかなかったが、山門のところに奇妙なものが並んでいる。芸術に疎いわたしには、なんの意味があるのかわからないので、拝観料の窓口のお兄さんに尋ねると、住職さんの知り合いの彫刻家さんのもので、球根をあらわしてるんだそうだ。わからん・・・。 |
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ここまで来たので、ちょっと寄り道。紅葉の時期もよろしいが、青葉もいいですね。しかも人が少ない。午後3時から法話をお聞きすることができるそうなのだが、夕方の仕事もあり、時間の都合で、これはまたの機会に。 |
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以上3つ見たところで、夕方からのお仕事へ。
壬生狂言や神泉苑のと違って有声なので、わかりやすく面白かった。
鬼を法力で懲らしめるなど、念仏狂言というにふさわしい内容だったと思う。
また来年もきてみよう。
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5月1日はなにかと行事の多い日。上賀茂神社で競馬足汰式、神護寺の虫払い、上御霊さんの神幸居祭などなど。で、神泉苑の狂言へ。
壬生狂言の流れをくむということなので、とりあえずは壬生狂言の解説パンフをもって出動。12時ごろ到着。神泉苑もツツジが満開。
神泉苑祭ということで、剣鉾やらお神輿やら準備に忙しそうです。
事前の調べでは狂言は1時から。待つ人もなく、ちょっと拍子抜け。染色の職人さんのグループがハンカチなど小物を売っておられました。ろうけつ染のブック
カバーが5000円だって・・・。誰が買うん?そこのオッチャンとちょっとしゃべってますと、開演は1時半かららしい。それまでは演目もわからないとのこ
と。
1時過ぎに開場。演目は「花折」しかわからず。まぁ、入るか。トイレもいきたいし・・・。
写真は禁止でしたのでございません。
今日の演目は「花折」「船弁慶」「花盗人」「賽の河原」「羅生門」の5つ。花盗人までの3つをみてまいりました。
壬生狂言そのままですな。これじゃ、壬生で高い入場料払ってまで見ることもないような・・・。
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4月27日、天気も上々のこの日、京都検定の仲間と寺町通を歩く、題して”てらまちウォーク”実施いたしました。
午後2時30分、上御霊神社にて集合。
来月のお祭りのためお神輿が3基、こども神輿が1基、鎮座ましましております。
さぁ、私を含めオジマサ5名がそろったところで、本殿に参拝して、いざ出発!
門前のからいた、水田玉雲堂は日曜定休。鞍馬口通へでて、閑臥庵、深泥池地蔵の上善寺を訪ねて寺町通へ。
額縁門の天寧寺、織田信長公廟所の阿弥陀寺、大国屋鎌餅本舗、モダンな建物の十念寺、本満寺。
ひとりじゃちょっと入りにくいところも、集団心理の恐ろしさ。
幸神社で魔除けの猿の写真を撮るオジサマ・・・いえ、参加者の方々。
枡形商店街を抜けて出町のふたばへ。長蛇の列で、豆餅は断念。ふたたび寺町へ戻ったときは、すでに4時。廬山寺も新島襄旧邸も受付終わってる時間やないですか。
それでも、清浄華院、廬山寺、梨木神社、鴨沂高校、途中の大久保利通旧邸跡や法成寺址の石碑をチェックしながら、丸太町にでる。
丸太町を渡ると、横井小楠殉節地の石碑、下御霊神社、革堂、藤原定家京極邸址、間部詮勝寓居跡の石碑をみて、市役所です。
寺町商店街のアーケードに入ったのは5時。本能寺で本日2回目の織田信長公の墓参り。矢田寺をお詣りしたあとは新京極へ。誓願寺へ着いたときには、もう門は閉まっている。迷子みちしるべ石をみて、誠心院。おっ、開いてるやん♪和泉式部の宝筐印塔を見て、寅薬師、蛸薬師、安養寺などは通過。最後、錦天満宮で、5時30分、本日の”てらまちウォーク”第一部は終了。
6時からメンバーが少し入れ替わっての懇親会。6名のオジサマたちでかんぱ~い!
わいわい盛り上がりつつ、夜は更けていくのでありました・・・。
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