おけら詣り
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さて始まった京都検定90分。
今年は勉強してないからどーせダメだわと思っていたが、なかなかスラスラといく。途中、「あれだよ、あれあれ!どーして出てこないのよ」というのも3問ほど、ま~~ったくわかんねぇよっていうのが3問。最後の小論文。テーマは葵祭、応仁の乱、桂離宮。葵祭と応仁の乱はまぁそこそこなんとかなったかな。でも桂離宮がねぇ・・・。
結局60分ほど経ったところで、まぁこんなもんかと途中退室。
検定開始時間に間に合わなかったF女史と出会い、ほかのメンバーを待つ。
みなさん時間いっぱい使われたようで、なかなか出てこられない。終了後、再集合してさっそく答えあわせ。え?あれ?え?そう??やばい。間違い続出・・・。
まぁ、いい。この日のお楽しみはこれから。
「京都流」という京都好き、京都検定好きが集まるサイトの年に一度の大オフ会、懇親会である。
幹事役のわたしは一足はやく会場へ。
17時30分。大懇親会開始。
この会も今年で3回目。最初は5人、去年が10人、そして今年のメンバーは17人。年々盛り上がってくる会となりました。
この日、初めて会った人も数人おられましたが、日ごろネットでやりとりしているせいか、同じ目的で1年間がんばってきた同志だからか、すぐうちとけて和気藹々。
なかには、検定を受けずにこの会だけに参加という方も。
今日の話、京都の話であっという間の2時間半。
20時に中締めとなり、このあとは2次会でさらに盛り上がった1日でありました。
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12月14日日曜日。第5回目の京都文化観光検定、いわゆる京都検定が行われた。
赤穂浪士、吉良邸討ち入りの日である。われわれもいざ出陣!
第1回で2級合格後、2回目からは1級を受け続け、今年1級4回目の挑戦。しかし、今年はな~~んにも勉強らしいことができてない・・・。
さて、前日の13日。京都検定を通じて知り合った友人M氏と連絡を取り、どうやら祇園で直前勉強会という飲み会をしている模様。22時、仕事を終えて合流。同様の友人2名とともに4人で12時近くまでお勉強(?)資料をコンビニでコピーし、「じゃ、またあしたね~」
14日当日。1級の試験は13時30分から。11時ごろ、試験会場である同志社大学新町キャンパスに到着。尋真館1階にいるいる、同様の知り合いが5人。M氏が午前に行われた3級を受けたらしく、3級の問題から今年の傾向をさぐる。でも、すぐに「はやめにお昼にしましょ♪」ということで、ランチ。寒梅館1階のカフェには、京都検定のテキストを持った人もあり、それらしき年代の方も多くおられました。この段階でさらに検定仲間が2名合流。勉強するわけでもなく、わいわいがやがや。いまからほんまに試験受けるの?
1時前、尋真館にもどり、さらに数人合流。ほかの方たちは緊張の面持ちであったが、われわれは極めて明るく「やあ、どうもどうも」「おひさしぶりぃ~」
さてそろそろ、それぞれの教室へ。
さすがに教室に入ると緊張感がみなぎっている。
定刻となり、説明に続き、問題と解答用紙が配布され、運命の90分が始まった。
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12月7日、京都御苑内の中山邸跡が一般公開された。戦後初ということで、普段は静かなところであるが、多くの見学者で賑わっていた。
中山邸跡は京都御苑北部にあり、敷地面積は約1700平米。明治天皇の母親である権典侍(ごんのないしのすけ)中山慶子の実家があったところ。
嘉永五年(1852)、ここで祐宮(さちのみや)様がお生まれになられた。後の明治天皇である。
門をくぐると、右側にコンクリートの柱がゴロリ。明治13年、御所より贈られた鉄製の門扉の柱だそうな。今はこれだけ残されて、門扉はどうなったのか、わからないらしい。
祐井(さちのい)。祐宮様2才の夏、干魃で井戸が枯れ、新たに掘られた井戸。時の天皇・孝明天皇はたいそう喜ばれ、祐井と名付けられたといわれている。
明治天皇の産屋。建物としては現在これだけが残る。
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